大正8年~昭和50年 | 世界の事件・世相 |
大正8 |  が名古屋市中区大池町で「川本製作所」を創業。手動ポンプの製造・販売を開始した。当時は陶製・木製ポンプが主流だったが、これらは量産性もなく、輸送にも難があった。川本はこれを一体鋳造の鋳鉄製に改良。「共柄ポンプ」の名で発売し、数々の特許を取得した | C51蒸気機関車が完成。 大阪の工場煙突数1974本、「世界一の煤煙都市」と報道される。 乳酸飲料「カルピス」発売 |
大正11 | 国内販売の充実をはかるため、2,000の販売店を国内に網羅。 | ツタンカーメン王墓発見[エジプト] |
昭和2 | 中国・韓国・台湾など、東南アジア方面に輸出開始。 | 金融恐慌、株式大暴落。 リンドバーグ、太平洋横断飛行成功[米国] |
昭和7 | 国内発明博覧会賞受賞 | 東京の人口500万人に、世界第2位。 東京・三越~京橋間、地下鉄開通。 円安で、日本製品の輸出が急速に伸びる。 |
昭和21 | 名古屋市中区大池町に工場を新設。また中川区運河通りにも六反工場を設け、家庭用ポンプの製造を開始。 | サザエさん連載開始。 |
昭和23 | 名古屋市中区西川端町に、西川端工場を新設。 | 古橋広之進選手、水泳自由形400m、800m、1200mで世界新記録樹立。 |
昭和24 | 資本金380万円をもって、株式会社川本製作所を改組設立。取締役社長に 、専務取締役に川本修三就任。 | ホンダオートバイ販売。 パチンコ台が出現する。 「青い山脈」「銀座カンカン娘」大ヒット。 |
昭和25 | 動力ポンプを主力に、農業用・工業用・家庭用ポンプの製造を開始。 | 朝鮮戦争勃発。 |
昭和27 | 資本金500万円に増資。 この年10月、 急逝し、取締役社長に川本修三就任。 高揚程うず巻ポンプ発売。アフリカへの輸出開始。 | 日本電電公社発足。 手塚治虫「鉄腕アトム」登場。 美空ひばり「りんご追分」大ヒット。 |
昭和28 | 家庭用スーパースイートポンプ発売 | 民営テレビ放送が開始、街頭テレビに黒山の人。 大相撲のテレビ中継開始、プロ野球ナイターを初中継。 |
昭和29 | わが国初の小型自吸100W家庭用電気ポンプ「ベビースイート」発売。常識を破る消費電力と低価格で口火を切った。また、呼び水操作の簡単な自吸式は各メーカーの羨望の的となり、以後ポンプの主流となった。 | TV「NNNきょうの出来事」放映開始 |
昭和30 | KT形タービンポンプ、ドラゴンポンプ発売 | 世界初のディズニーテーマパーク、ディズニーランド開園[米国] |
昭和32 | 世界*小といわれる全自動式自吸式家庭用ポンプ「国民III形(60W)」と「ワールドスイート(100W)」を発売。 第11回発明展で、特賞受賞。 | 日本の南極観測隊が南極大陸初上陸。昭和基地を開設。 国際連合に日本加盟 |
昭和36 | 電気井戸ポンプのJIS表示工場に認可される | 人類初の有人衛星「ボストーク1号」が、ガガーリン飛行士を乗せ地球一周に成功[ソ連] |
昭和37 | 家庭用「ニューベビーポンプ」発売 | 堀江謙一氏が小型ヨット「マーメード」号で単独太平洋横断航海に成功。 |
昭和38 | 日本工業規格表示工場として表彰される | TV「鉄腕アトム」放映開始。 |
昭和39 | 日本住宅公団(東京・関東・中部支社)、都庁ほか30数官公庁の指定認可を受ける。 ドラゴンポンプがユニセフの指定商品に認可される。 | 東海道新幹線、営業開始。 東京オリンピック開催。 |
昭和41 | 愛知県岡崎市橋目町に総面積56,600m2の岡崎工場を建設。第1・2期工事完成。 | ビートルズ来日。 |
昭和44 | 創業50周年を迎える | アポロ11号月面着陸[米国] GNP世界第2位、実質成長率12.5% TV「8時だよ全員集合」放映開始。 |
昭和48 | 名古屋市中区大須四丁目に本社新社屋(地上9階、地下3階、延面積12,100m2)を完成 | 江崎玲於奈氏がノーベル物理学賞を受賞。 |
昭和50 | 岡崎工場第7期工事完成(第3期42年、第4期43年、第5期45年、第6期48年に完成)。 消火ポンプユニット「セフティエース」発売。 | カシオが電子卓上計算機を発売。 ビル・ゲイツがマイクロソフト社設立。[米国] |